デフレと日本経済

バブル全盛期、日本経済はもとより消費者金融業界も活気に満ち溢れていました。消費者のほうもお金に余裕があることから、余分にキャッシングをしても十分に返済能力があったからです。

しかし、1990年前後にバブルが崩壊し、続いて湾岸戦争が勃発したことから、日本経済は長らくデフレに苦しむことになります。バブル期の最高値は1989年12月29日の3万8915円、バブル崩壊後の最安値は実に2009年3月10日の7054円まで下がりました。

その後の日本経済は当然のように消費は冷え込み、不景気が続きました。物が売れないから物価が下がり、いわゆるデフレスパイラルが発生したのです。

資本主義経済の発展とともに、これまで幾度かの大恐慌を世界の人々は経験してきましたが、ニューヨーク・ウォール街の株式市場の大暴落に端を発した一九二九年の世界大恐慌は、史上最大規模のものとしてよく知られています。

イギリスではは1873年に景気がピークとなり、その後約25年にわたる景気の下降を経て、1898年に大底を打ちました。日本のバブル崩壊以降のデフレ・スパイラルは、この時と同じような展開になることが予想でき、現在は下降曲線の中間点を過ぎて後半に差し掛かったところに位置します。

かつて日本で起こった松方デフレも1881年の松方正義の大蔵卿就任以来、長くて苦しいデフレが続きました。その間、自作農の没落・小作人化、あるいは没落農民の都市への流入を招き、社会不安が広がったのです。

しかし一方で、それが産業資本誕生の要件を満たし、数年後の起業ブームの下地となった。見落とすことができないのは、この「松方デフレ」こそ、日本銀行創設をはじめとする近代的信用制度の整備および天皇制国家体制の確立に至る重要なステップになったことです。